漁師の住む村とは?
こんにちは。香港在住弁護士のマイクです。
前回漁師とコンサルタントの話を書きましたが、今回はその続きを書いてみました(ここからは完全オリジナル。話の都合上、舞台は日本、季節は夏ということで)。
<やれやれ> 漁師はそう小さく呟いてコンサルタントに言いました。
「どうだい、せっかくだからうちに来て一緒に食事していかないかい?」
「それは嬉しいね。お言葉に甘えて遠慮なく寄らせてもらうよ。」
漁師は釣った魚をボックスに入れて歩き出し、コンサルタントがその後をゆっくりついていきます。すると漁師は桟橋のすぐ向かいにある小さな集会場のような建物に向かっていきました。入り口にある生簀に魚が泳いでいて奥は食堂になっているようです。中に入って何か二言三言話した後、釣った魚を何尾か生簀に入れて出て来ました。
桟橋を離れるとそこには手入れの行き届いた田畑が広がっています。その間に延びるゆるい坂道をしばらく登っていくと、道の脇に綺麗な瓦屋根の古民家がいくつか現れました。漁師はその中の一軒に入って行きます。コンサルタントもついて行きました。アイランドキッチンのある広いダイニングに案内されるとそこは落ち着いたアンティークモダンな空間でした。適度に空調も効いています。
キッチンでは奥さんが既に食事の準備を始めていました。庭では子供が二人遊んでいます。するとそこへ一人の青年が縁側に現れます。
「こんにちは、奥さん。これ、今朝そこの畑で採ったんで少し置いていきますね。」
「ありがとう。ちょうどいいわ。一緒にご飯食べていかない?」
「いいんですか。ではお邪魔します。」
こうして食事は賑やかに六人ですることになりました。魚は漁師がさばいてソテーにし、もらった野菜で蒸し野菜のサラダを作りました。筍ご飯と味噌汁、煮付けもあります。青年が持って来た野菜はトマト、ピーマン、きゅうり、おくらなど沢山ありましたが、どれも曲がっていたり、大きさが不揃いだったり、虫食いがあったりします。
「自分たちが食べるものだから農薬なんて使わないよ。少々曲がってたって構わないし、虫がいたって洗えば取れる。味噌は自家製でお米も自分たちで作ったもの。筍は毎年春に裏山で一年分くらい採れちゃうから一年中筍ご飯だ。」
野菜を持って来た青年は隣の家に住む若いアーチストでした。ゆっくり食事を済ませた後、コンサルタントはアーチストに誘われて隣の家も見せてもらうことにしました。そこは漁師の家と同じ作りの古民家で、彼は中の間仕切りを取り払ってそこをアトリエとして使っていました。彼の習作もたくさん並んでいます。
「僕はまだ駆け出しだけど、ここを拠点に創作活動しているんだ。いろんな芸術祭に出品するにも便利だしね。ここにいれば食べることも住むことも何も心配ないんだ。病気の時も。しかも、いろんな人と交流ができるからとても刺激的。音楽家もいれば哲学や宇宙について教えてくれる教授もいる。そのうちパトロンも見つかるかも。」
漁師の家に戻ると近所の子供たちが一人のおばさんを囲んで集まっていました。楽しそうにおしゃべりをしているようですが、よく聞いているとおばさんが子供たちに地元の歴史を話しています。戦国時代にここで起こった出来事のようです。漁師も後ろから時々割り込んでおばさんと掛け合いのように話は進みます。まるで漫談のようで子供たちは楽しそうに聞いています。
漁師が少しシエスタをするというのでコンサルタントは村を散歩することにしました。この村にちょっと興味が湧いて来たようです。
気持ちのいい風景に誘われて畦道をぶらぶら歩きます。田んぼには稲穂が実り、その隣では葡萄がもうすぐ収穫期のようです。畦道も綺麗に手入れされていてその脇の水路には小さな水車が回っています。見上げれば綺麗な青空が広がっています。コンサルタントが億万長者になったら住もうと思っていた風景です。
畦道を歩いていると年配のおばさんが畑仕事をしていました。挨拶をするとニコニコしながら作業の手を休めて話し始めました。
「おや、こんにちは。見かけない顔だね。どこから来たんだい?ここはいいところだからゆっくりしておいき。一つ食べるかい(ときゅうりをくれました)。ここに住んでいる人はみんな顔見知りだから知らない人が来ればすぐにわかるんだよ。子供だって、村人みんなで見守って育てているようなもんさ。」
「この畑はおばさんのもの?」
「いいや、ここにある田や畑は村の人みんなのものよ。手入れや農作業も順番にやってるの。町内会の行事みたいなものね。だからここで採れたものは村の人みんなで分ける。村の中で作って村の中で分けるのは当たり前でしょ?」
「でも全員が畑仕事してるわけじゃないよね?」
「村のための仕事をしている人はみんな同じよ。お医者さんは村の人を診療するし先生は村の子供達に勉強を教える。私は村の人の食べる野菜を作る係担当って言うところかな。だから野菜も医療も教育も無料なの。」
「それって村の福利厚生が充実してるってこと?」
「ちょっと違うわね。ここで『村』って言うのはあくまで村人によって運営される『地域共同体』のこと。村っていう行政機関が予算出しているんじゃなくて、共同体構成員の村人がそれぞれ労務を提供してそれを村人全体で享受してるの。食べ物とか医療とか教育とかは生活していくのに最低限必要な物でしょ?だからお金で売ったり買ったりしない。言ってみれば大家族がその中で助け合っているみたいなものね。そういう生きるのに必要最低限のものは『社会的』に村人全員に『共通』の重要な『資本』だから個人で所有すべきじゃないって考えているのよ。山も田も畑も、綺麗な空気もそう。道路も海岸も水道も電力もそう。水路に幾つも水車を見なかったかな?あれも皆で管理して使っている小水力発電装置なの。あと病院とか、学校とか、芸術とかの文化もそうね。だからこの村では田畑も病院も電力も水道も道路も使うのにお金はいらないのよ。地産地消っていうのかな、自給自足って言うのかな。とにかく、文化的な生活をするために必要なものは全てこの村の中で賄えるの。」
「(このおばさん、なんか難しいこと言い出したぞ)まだよくわからない。でも生活するにはお金が必要でしょ?」
「村人個人だって普通の経済活動はしてるのよ。テレビを売ったら代金はもらう。共有資産じゃないからね。共有資産から得られたお米や野菜でも余分があれば観光客に売るし、村の外にも出荷して販売することもある。つまり村の中であれ外であれ市場で流通する商品として扱った途端にそこには価格がついて取引の対象になるの。村の中にだって取引はあるのよ。ただ、世の中では全ての物についてこの市場取引がなされてるから野菜もテレビと同じようにお金に換算されてしまうのね。そこをこの村では野菜は村の仲間みんなで分け合いましょうっていう制度を作ったのよ。共同体の中にある限り市場取引に乗せないってね。もちろん、野菜や魚も村が商品として販売している事業はあるわ。でも村はそこで利益を上げて一大産業にしようなんてことは考えてない。共同資本の維持費の足しになれば十分なの。そもそも自分たちが食べる分と災害用の備蓄に十分なだけの魚を獲ったらもうそれ以上は獲らないから販売量なんて限られてるし。それが自然環境にも優しいしね。」
「お金を稼ぐことに興味はないの?」
「資本主義的な金儲け?そりゃ稼いでるのもいるよ。村の外でね。村から出た若者が都会で成功したって話も時々聞く。それはそれで構わない。でもそのために10年も20年も脇目もふらずに働くんでしょ?それじゃ自分の時間がないじゃない。私だったらその期間、自分の研究や好きなことに当てるわね。ここにいる人たちも同じ。私たちはね、あまり働かないのよ。自分の時間をたっぷり作って経済、数学、科学なんかの研究の時間に当てたり、新しい技術の開発に取り組んだり、集まって哲学論議をしたりしている。スティーブ・ジョブズも言ってるでしょ。私たちが持っている一番貴重な財産は時間だって。実は私は経済学者なの。まだ時々大学で教えている。ここで毎晩近所の人とお酒飲みながら経済論議してるよ。あなたもここに住んでみなさいよ。続きはそこで議論しましょうよ。」
ちょっと頭が混乱してきたのでのでコンサルタントは挨拶をして女性経済学者と別れました。もうすっかり日も傾き、あたりも暗くなり始めていたので、ホテルに帰る前に一言お礼を言おうと漁師の家に向かいました。丁度漁師が奥さんと二人で着飾って出かけるところでした。
「ありがとうございました。そろそろ帰ります。ところでどちらへ?」
「これから浜辺で野外コンサートがあるんだ。毎年夏にここで滞在しているパリのオペラ歌手のグループが開いてくれる恒例のコンサートがあるんだよ。そのあとはいつもの通り、仲間と酒飲みながら政治談義をしてくるよ。」
コンサルタントは腑に落ちない顔でホテルに戻ります。そんな生活してたら企業の業績上がらないじゃないか。経済成長もないし、GDPだってジリ貧だ。絶対おかしい。今は気候変動が危機的状況なんだから、早く新技術を開発できる企業を見つけてリサーチまとめなきゃ。インパクト投資に関するものだからSDGsも重要な検討項目だ。そう呟きながら、週明けまでに仕上げなければならない投資家向けレポートの作成に取り掛かったのでした。
さてさて、続きはまた次回。